第一篇 峠の一本松

峠の一本松名塩東口のバス停附近は、県道から国道へと道路が改修されるごとに掘り下げられて、掘割り状になっているが、丹波街道と呼ばれた頃は、現在より数米も上に道路があって、そこから墓地の手前にある小川に向かって、急な下り勾配になっていたので、東の峠と呼ばれていた。峠から少し下った左手に、松の大木がそびえていた。樹齢や幹周りは定かではなかったが、とにかく、天を突く高さ、枝を広げた樹形は、天下を睥睨するかのような風格を具えていた。埋め立てられ変容はしているが、弓矢組の資材置き場北端の道路際あた名塩東口のバス停付近は、県道から国道へと道路が改修されるごとに堀り下げられて、掘割り状になっているが、丹波街道と呼ばれたころは、現在より数米も上に道路があって、そこから東の墓地に向かって、急な下り勾配になっていたので、東の峠と呼ばれていたりにあった。村の入り口にあたる場所でもあり、往来の人びとは道中の目安にし、村人たちは、弁当などをひろげて憩いの場として親しんでいた。月見の頃、松の枝葉にかかる月が、特段の風情があったという。ふるさとの  峠の坂の一つ松昔がたりを われにきかせよ詠み人知らずこのように、村にとってはかけがえのない名木であったが、昭和20年、軍需用の資材にと供出を命ぜられ、村に一台しかなかった木炭トラックで、神戸の造船所に運びこまれた。くり抜いて舟を作るという噂であったが、程なく終戦になり、なんのお役にも立たずじまいに。今となっては惜しまれてならない。

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