『有馬郡誌』(1929)の塩瀬村考証伝説によると、文明年号と記した古記録が存在していたとある。それを拠り所にすれば年月までは不明であるが、創建は文明年間(1469~1487)と言える。上の地蔵の東北にある宮の谷から移設したという口伝もあるが、祠や石積みなど神社跡らしきものは今のところ見つかっていない。
祭神は、本殿に応神天皇、末社(小宮)には大山咋命(おおやまくいのみこと)と水波女乃命(みずはのめのみこと)、地祇(地の神)が祀られている。また伊勢神宮の遥拝所も設けられている。創建当時は、名塩正八幡宮と称されていた。これは『摂津名所図会』や鳥居の扁額、灯籠銘、だんじりなどに見られる。明治5年、名塩八幡神社となる。
祭祀は、「毎年九月廿一日、例祭として神前に於いて翁三番叟あり、これを面掛狂言といふ」と『摂陽群談』(1701)に記されている。この面掛祭がどのようなものであったかは定かではない。
ただ、拝殿に掛けられていたと思われる神楽殿扁額が、ひとつの証として残されているのみである。だんじりは、慶応4年10月に行われた明治天皇即位の御大典を祝って曳き回されたのが始まりであった。
昭和21年、宗教法人令による届出によると、例祭10月20日、左義長祭1月15日、厄神祭1月19日、春祭3月15日、秋祭11月23日となっているが、近年、例祭と左義長祭は日を変更して行われている。
名塩探史会