第一〇篇 門付け虚無僧

門付け  虚無僧正月から1月の中ごろにかけて、門付け芸人が家々の庭先にやってきた。門付けとは家の前に立って行う芸能で、全国的に行はれていた。門ごとに神が訪れて祝福を与えたという民俗信仰から生まれたらしい。獅子舞、猿回し、三河万歳、玉すだれ、竪琴など、来る人によって演じる内容が違うので楽しいものであった。獅子舞は、獅子1頭2人立ちが普通であったが、演目により数名の演技者が登場することもあった。三河万歳は、2人の軽妙で巧みな掛け合いが笑いを誘った。土間の広い家では、外は寒いからと中に招き入れて見物することもあった。お礼は、おひねりといってどんぐり飴10個分くらいの金子を半紙に包んで渡した。お断りするときは「どうぞお通り」と挨拶をした。昭和のはじめ頃になるとあまり来なくなった。虚無僧は、季節に関係なく托鉢にまわってきた。京都東山の明暗寺に属するる半僧半俗の修行者が、諸国行脚していたものと思われる。その出で立ちは、黒装束にぞうり履き、手甲、脚絆に袈裟がけで、天蓋と呼ばれる深編み笠で顔を隠し胸には明暗と記したずた袋を掛けていた。差し出したお金やお米はこの袋に納められた。門口に立って尺八を吹く姿は、子供の目には異様で、恐怖を感じ逃げまわる子もいた。なかには、子取りが来たぞと、悪さをする子のしつけに利用する親もいた。昭和25年ごろまでみかけた 。

名塩探史会