松茸 (上)
名塩の山林は、区有林を野山、個人所有のものを林または持ち山と呼んで区分けをしている。おおむね人家に近いところは、個人持ちの山が多い。区有林の松茸を採取するには、菌類採取権の取得が必要で、入札は毎年秋の彼岸に、御坊の本堂で行われていた。対象になる山は、南山1号~4号・大西・北大西・釜が谷・釜が谷の離れ・細の谷・ぬくい小場・のたの・赤尾・横尾・大白禿・ドクラ丸・大丸・七尾寺・大茂山・柿の小場・どんじりなど23区域があって、応札者間で激しい駆け引きが演じられたという。落札価格が100万円を超えた年がしばらく続いたようである。採取した松茸は、地場仲買人嘉右衛門商店を通して、大阪天満卸売市場、西宮中央卸売市場、さらに昭和のはじめに開設された大阪市中央卸売市場などに出荷された。昭和15年頃からは酒谷商店、木の庄商店も仲買人に参入して活況を呈した。名塩の松茸は、軸が太く日持ちがし、香りも味もよいので評判がよく「有馬松茸」として高値で取引された。集荷場所は有井の屋敷(JA倉庫)で、最盛期には1日に400貫(1500k)もの出荷量があった。当時のトラックで3台、石油箱と呼ばれる箱に140個ぐらい積み込んだ。夜になると、近郷の各商店が直取引をするために繰り出した若い衆達が、我先にと50貫号(大型の自転車)を乗り付けて仕入れて帰ったという。いま思えば夢のような話である。 名塩探史会
21年 18万26年 122万48年 87万