第二八篇 雨乞い

雨乞い

旱魃の日が続くと村内から選ばれた代参者が、琵琶湖の竹生島ヘ願掛け参りをしに行った。竹生島明神の宮水を竹筒に授かって帰ると、「雨乞いや、雨乞い、今夜、雨乞いでっせ」と触れて回り、夜は篝火のもとで、仮面を着けたり仮装をした百姓たちが太鼓を打ち鳴らして舞い踊ったという。高座岩での雨乞いも有名である。武庫川にある巨岩で、名塩川との合流点(出合い)から400米ほど遡ったところにある。岩の大きさは、紹介している古文書によってまちまちで、明らかに誇大と思われる表記もある。一度機会を作って実測したいと思っている。伝説によると、高座岩は上流にある溝滝の龍宮に通じているので、乙姫様の遊び場になっていたという。そこで、この岩を汚せば乙姫さまが洗い清めるために雨を降らせると信じられていて、名塩はもとより近郷の人々の雨乞い場になっていたらしい。名塩の百姓たちは、四ツ目(目の周辺にできた斑点で、目が四つあるように見える)の黒犬の血を、また小浜や昆陽(伊丹)の百姓たちは白馬の血を岩に塗りつけて、雨乞いの踊りをしたと伝えられている。中の坂墓地(山条の墓)の北側の谷を猪切谷というが、ここでも同様の雨乞いをしていたとの言い伝えがある。高座岩での雨乞いと同じような考え方であるが、ここでは猪を切ったことになっている。武庫川に雨を降らせても名塩に恩恵がないので、猪切谷でも真似事を行ったのではないかと思われる。名塩探史会