第三七篇 生活様式の変遷(水)

生活様式の変遷(水)水は、生活にとって欠かすことの出来ないものでありながら、普段はあまり気にかけることもなく過ごしている。蛇口をひねれば水が出てくる。私たちはこれを当たり前だと思っている。しかし、このような上水道が名塩に供給され始めたのは昭和30年頃からで、案外とその歴史は浅い。では、それまでの飲水(のみず)はどうしていたかというと、谷あいを流れる山水(やまみず)を堰きとめて、溝や竹樋で引水してきて、配水会所で分水されて各家庭の水がめに送り込まれた。さいわい名塩の家並みはほとんど斜面であるため、樋さえ繋げば水を引けたが、距離が長ければ長いほど保守管理に苦労した。つまり溝の部分では、蟹やもぐらの穴塞ぎ、土砂崩れ、決壊等。樋の部分では、継ぎ手(まくら)の破損、竹の老朽化、落ち葉詰まりなどである。炊事場では、ちょろちょろと落ちてくる水を水がめに受けて、杓ですくって大切に使用した。もちろん、紙漉き用の水もこの水で賄う。夏には水源が枯渇すると断水、ひとたび大雨になれば濁水になって使えない。冬は樋が凍り付くと氷解するまで断水するので、貰い水に走らなければならなかった。また露出した溝を流れてくるため、衛生面にも問題があって、昭和16年頃、ある水系で腸チフスの感染者が多数出て、避病院に隔離される騒動が起こったこともあった。風呂の水は量が多いので、池や井戸から汲み上げて使用した。

名塩探史会