稲刈り
9月、稲穂が成熟間近になると田んぼの水も不要になるので、落ち口(排水をするところ)を切って排水を行う。シクタと呼ばれる湿田では、たんぼの中ほどまで溝を掘り割って乾燥につとめる。これは次の稲刈り作業をし易くするためである。10月下旬、田んぼ全体が黄金色になれば完熟で稲刈りの適期である。稲刈りには、のこぎり鎌という刃先がのこぎり状になった特殊な鎌を使用する。刈り取った稲は、1掴み(3~5株)を左、右、左と株を交差させ束ねる。交差させるのは次の作業を容易にするためで、この単位を1把と呼ぶ。ちなみに10把は1束である。束ねた稲の干し方は、名塩の場合非常に珍しかった。長い横枝を何本も張らした特別仕立ての松の木(稲木)に架けるやりかたである。1把ずつ下から竿で突き出す者と、木の上で受け取る者とで架けていくが、高いところでは5㍍くらいにもなった。猪の被害から守るための知恵である。猪の来ないところでは、稲木の足を組み合わせて作った稲架(うま)に架けた。2週間ぐらい乾燥させると、稲扱き(脱穀)である。足踏み脱穀機が全国的に普及していた。直径約40~50㌢の円筒型の扱胴(こきどう)に逆V字型の金具を付けたもので、踏み板を踏むとクランクによって回転した。稲の穂先を扱胴に当てて脱穀した。千羽扱ぎ(せんばこぎ)の時代からすると格段に能率が上がった。脱穀した籾の運搬は、自動車がない時代なので、ほとんど肩で荷なって持ち帰った。名塩探史会
ことぶき号研修旅行 平成22年8月19日(木)篠山へ西、第2西、大西クラブの研修旅行は、でかんしょの篠山へ。総勢39名を乗せたバスは40分で到着。最初の立ち寄り先はJA味土里館へ。時間が遅いと品薄になるというので開店を待って入る。新鮮な野菜がたくさん並んでいたが、行きのバスとあって積極的に買う人はなかったようだ。次はお菓子の里へ。店奥の庭園に足を運ぶ人は稀で、ほとんど土産物物色派。あとは食事処の県立 新たんば荘へ。食事をしながらカラオケを楽しんだり、風呂に入ったりゆったりした時間が流れます。締めくくりに河内音頭を踊って幕。帰途、研修旅行の一環として、全国的に珍しいとされる谷中分水界に立ち寄る。百聞は一見にしかずで、加古川水系側の水門を自分の目で確認していただく。暑いさ中なので途中の説明板もほどほどに、冷房の効いたバスの中へ駆け込む。 上山 記