第四七篇 八幡神社(下)

名塩八幡神社 (下)

神社の建造物は、本殿 春日造1,5坪。 拝殿 両流造4,5坪。 末社 1,4坪。 社務所6坪。手洗舎 1坪。 絵馬堂10坪。( 昭和25年のジエーン台風により崩壊。掲出の絵馬も散逸)鳥居は、馬場先 現鳥居 手洗舎横 社務所前 拝殿前の5箇所にあった。現在、馬場先と手洗舎横は注連縄柱になっており、社務所前 拝殿前は撤去されている。狛犬 4対  石燈籠 12基ほかに撤去跡多数。百度石 1対厄神碑2基。 馬場先の碑は上山與治郎、久路安治、中条宗次郎、野条五一郎、畑田利三が終戦直後に奉納したものである。経費節減のためか、小学校で解体された奉安殿の縁石が用いられている。境内の碑は、昭和37年に建立、題字は上原喜代治(加西市)である手洗石 1個 明治11年3月 東町中が武庫川より運び入れている 雨垂受 1対 青木喜一郎、桶谷幸一、家門馬太郎、川東庄市、前田辰蔵が奉納御神木 桧、幹周り330㌢ 杉、幹周り330㌢ 桜、幹周り270㌢枯死岩倉具視 奉納記録 白鳩参羽。源家紋章附御幕 1張。提灯 2對 石燈籠 1對宮司は明治6年、有馬郡湯山町稲荷神社祠掌児玉繁太夫が、名塩村村社八幡神社の祠掌を拝命以来、繁蔵、康治と続き現在の克佑で4代目となる宮守は、還暦を過ぎた長男夫婦3組または5組で構成し、神社の維持管理にあたってきた。昭和50年から7老人クラブが持ち回りで担当している名塩探史会