婚姻(下)婚礼は、婿方の家で執り行った。明治の初期までは夜に行っていたが、投石などで妨害するものがあり、夕方に行なわれるようになった。花嫁の出立ちは、白無垢、文金高島田に角隠し姿であった。出立の時は、仏壇にお別れの挨拶を済ませたあと、上の間の縁側から出る。仲人(女)提灯持ち(女児)迎えの叔母、花嫁、祖母、腰元女、提灯持ち(男児)の順に行列を組んだ。婿方では、叔母かそれに近い人2人が出迎える。花嫁は到着した時も上の間から入り、仏壇に嫁になる誓いの挨拶をした。式の座列は嫁側が縁側を背にして着座した。三々九度の盃は、男女二人の子供によって執り行う。 男児は男蝶、女児は女蝶のついた鉄瓶を持ち、仲人の指示に従い順次祝い酒を注いた。この時の酒肴は梅干、するめ、結び昆布である。三々九度の儀のあと、花嫁はお色直しをして祝い膳に戻るが、酒宴なかばで新夫婦は納戸へ引き上げた。両家とも早朝から手伝い衆が集まって、一石近い赤飯を蒸しあげた。お祝いを頂いた家々に内祝いとして、重箱に詰めて配ったものである。近所への挨拶回りをしたあと、三が日帰りといって新婦が実家に招待された。そこでは、箸足らずでも言うなといわれた。すでに他家の人間であり軽々しくものを言うなという例えである。昭和40年頃からは、結婚式場を利用するほうが多くなった。名塩探史会