第五篇 兵士の見送り

兵士の見送り

男子は数え年20歳になると、徴兵検査を受ける義務が課せられていた。当時は有馬郡の行政管轄にあったので、通知書がくると三田の検査場まで汽車で出向いた。判定の結果、甲種合格になった者は現役徴集の対象者。乙種以下の者は、補充兵として在郷軍人会の組織に登録された。現役徴集の令状が役場から届くと、名誉なこととして周りから祝福を受けた。戦争の長期化に比例して、在郷軍人の中から臨時召集令状(赤紙)によって応召する人が急増した。当家の入り口附近には、近所の人たちの手によって杉の葉で飾った門が作られ,門口には日章旗と軍艦旗を交叉させて組み、「祝入営○○○○君」または「祝出征○○○○君」と大書した幟が立てられ提灯も吊り下げられた。入隊の日が近づくと、「兵隊の別れ」といって親類縁者が集まり、かしわのすき焼きなどで宴席が持たれた。出発の日は、名塩八幡神社で村を挙げての盛大な壮行の式典が行われた。村長をはじめ在郷軍人会、大日本婦人会、警防団、青年学校、小学生、それぞれに日の丸の小旗を持って参加した。出征兵士本人の挨拶のあと、小学生の「出征兵士を送る歌」で締めくくられた。見送りの人たちの万歳と歓声を後にして、親戚、村役人などは、徒歩で生瀬駅まで同行し別れを惜しんだ。

名塩探史会