第六篇 祭り上

祭り (上)

元禄時代の書「攝陽群談」(1701)によると、「名塩八幡宮の例祭は毎歳九月二十一日(旧暦)とし、拝殿で翁の面を用いた三番叟の能舞があり、これを面掛祭と号す」とある。この面掛祭がどのようなもので、何時ごろまで演じられていたかは定かではない。ただ、拝殿に掛けられていたと思われる神楽殿の額が、ひとつの証として残されているのみである。名塩にダンジリができたのは、明治元年である。明治天皇即位の礼にあわせて作られた。のちに各町が競って造ったため現在は8台を数える。初代のダンジリは、宮元の東之町が管理していたが、昭和8年の祭りで横転し壊れてしまった。ところが、その年の暮れに皇太子(平成天皇)がお生まれになり、翌年2月23日まで国を挙げて奉祝行事が行われる事になった。東之町では、奉祝の期日に間に合うよう夜を日についで修理を急がせたという。あまり知られていないハプニングである。そのダンジリも老朽化のため、平成14年に新調されている。秋祭りは、10月19日が宵宮、20日が本宮で実施されている。昔から連綿と続いてきた日である。また、近郷の奥地から、順繰りに繰り下がってきた日でもある。ちなみに山口は16日。生瀬は21,22日。宝塚は22、23日といった具合である。このずれは、祭りを通じて、地域や親戚間で交流ができるよう配慮されていたふしがうかがえる。

名塩探史会