第五七篇 子供の行事

子供の行事 2題亥の子旧10月中の、亥の日亥の刻(午後9時~11時)に子供たちが集まって、藁づと(藁を棒状に束ねたもの)でカド口の地面を叩いて家々を廻りお菓子やお小遣いを貰った。唱え言葉はいろいろで、「亥の子の餅つき、ここらで一つ二つ祝いましょ。いのころ餅くれやんせ」「亥の子、亥の子、亥の子の晩に重箱拾うて、開けて見れば十兵衛さんのシワシワ金玉」など。豊作を感謝し、来年の豊作を祈る行事とされている。地面を叩くのは、農作物に害となるモグラの穴を封じ、追い出すための動作であるとか。明治30年頃砕けた石で失明する事故があってからこの風習は下火になった。またこの日に餅を食べると万病に効くといわれ、おはぎをこしらえる家が多かった。義士会12月14日赤穂義士の討ち入りの日に、高学年の男子生徒を対象に肝試しの催しがあった。学校行事の一環で東の墓地がよく選ばれた。夜暗くなってから集団で墓地に行き、ある地点からは1人で礼拝所に向かう。そこでロウソクの火を頼りに、簡単な数学の問題を解いて名前を記入して戻る。その時物陰から先生が、タオルを突き出したり変な声を出して脅すので、書いた名前が他人のものと重なったり、判読できないものが多かった。全員肝だめしが終るとさつま芋のふかしや、みかんを貰って解散した。昭和18年頃まで続けられていた。名塩探史会